電飾の街

 昼間は静かなこの街も、夜になると色とりどりの電球が光り、騒がしくなる。昼間は
数えるほどしかいなかったヒトも、夜になると何処からともなく、やってくる。ここに来る
ヒトは店の扉を開け中に入り、しばらくすると顔を赤くして上機嫌で帰っていく。
僕はそんな光景をもう3年も見ていた。

 もともと僕は飼われていたのだが、かわいがられたのは最初の数ヶ月だけ。あとは
その辺にポイ。こうして僕は同じように捨てられた仲間と共に、この街で暮らしているのだ。
近くの電柱には『捨て猫を止めよう』なんて、無駄なポスターが貼ってある。僕がここに
暮らすようになってからある程度のヒトの言葉はわかるようになっていた。

 そんなある日、僕は普段エサ場にしている街を離れ、公園へとやってきていた。
すると、頭の上から声が聞こえた。

「おまえも野良なの?」

声のしたほうにはヒトのメスがいた。

「実は私も野良なんだ」

そのヒトは僕を抱きかかえると、優しく僕の頭を撫でた。そして、そのヒトは自分の事に
ついて話し始めた。

「私、ずっと付き合っていた彼に捨てられたの。私、彼の為ならなんでもした。借金だって、仕事だって、何だってした」
ヒトはまるで過去を懐かしむように話ていた。でも、その顔がだんだんと泣き顔になって
いくのをぼくは見ていた。

「ある日ね、彼… 芸能プロダクションにスカウトされたの。彼は役者の才能があったせいか、それからぐんぐんと
有名になっていったわ。気づいたら… 私は捨てられていたの。彼にとって、私は踏み台にしか過ぎなかったの」

ヒトは僕を抱いたまま声を震わせ、泣いていた。僕は前に仲間から『ヒトは悲しいと涙を流す』
と、聞いた。とりあえず僕はそのヒトを慰めようとヒトの体をよじ登り、頬を舐めた。
すると、ヒトは驚いたように僕を見た。そして、泣き顔は笑顔に変わっていた。

「慰めてくれるの? ありがとう…」

何かを吹っ切ったようにヒトはもう一度僕の頭を撫で、僕を地面に降ろした。

「私、もうどうしようもないから決めたんだ。ひとつの道を」

まるで、自分に言い聞かせるように呟いたあと、ヒトは笑顔で僕に手を振った。

「じゃあね」

ヒトはそのまま背を向け、夜の闇に消えていった。

 翌日、僕は昼間の街を歩いていた。そのとき、ふと見上げたテレビに昨日会ったヒトが
映っていた。何を言ってるのかはあまり分からなかったけど。僕はそのテレビを少し見て
みることにした。すると、画面が切り替わり、別のヒトがなにやら言い始めた。

『素人から突然、頂点に上り詰めた人気俳優の… そんな彼の魅力に迫ります…』

僕はこの言葉を聞いてあることを思い出していた。

『私は捨てられていたの。彼にとって、私は踏み台にしか過ぎなかったの』

 昨日のヒトから聞いた言葉。ヒトは不思議な奴だ。自分から死のうとしたり、平気で仲間を
傷つけたり。確か昨日会ったヒトは男の名前も言っていたはずだ。僕はその男に会いに
行くことにした。

 僕は昨日聞いた話の中に出てきた名前の人物を程なく見つけた。その男その男からは
ぼくの勘が働いたのか、とっても嫌な奴に感じられた。昨日のヒトから恩は受けていない。
だけど、あの男は許せない。僕はそう思った。そして、作戦は夜決行することにした。

 男はきれいな格好をしたメスと一緒に建物の中に入っていった。僕はそっと後をつけ、
気付かれないように建物の中に入っていった。通気口の中を這い、男の匂いのする部屋
に近づき、そっと中を覗いた。男とメスは部屋の中には居なかった。どうやら風呂に入って
いるらしい。人間は風呂が好きだけど、僕達はあんなものは大嫌いだ。自らすすんで水に
入るなんて信じられない。僕は通気口の蓋を外し、部屋に入った。

 ベッドの上に男とメスの服が置いてある。香水の匂いがきつい。僕はそれぞれの服の
ポケットを探し、車の鍵と財布を持っていった。しばらくして、男とメスは乳繰り合い始めた。
呑気な奴だ。僕は外に出ると、盗んだ財布と鍵を下水道に落とした。おそらく出る頃に
なって気付いて慌てるのだろう。僕はそのまま寝床へと戻った。

 翌日、僕はまた、昼間の街にいた。すると、昨日の男がニュースに出ていた。

『人気上昇中の俳優、ラブホテルで財布無くす!』

 僕はその文字を見て少しおかしくなった。誰も犯人が僕だとは気づかないだろう。男が
どうなったかは判らないけど。僕は晴れ晴れとした気持ちになり、ぐいっと背伸びをして、
いつもの路地へと歩いていった。



戻る