何がどうしてこうなったのかは分からない。今、目の前で起こっている事態を飲み込むことは容易ではない。
ただ、この事件は俺が今まで生きてきて最も大きな事件になるだろう。そして、これから先もこれほどまでに
大変な事件は起こらないだろう… 少なくとも、今はそう感じた。


「ただいま」
居間に向かってぶっきらぼうにそう告げると、俺はさっさと2階に上がる。それを察してか、足音が近づいてきて…
ドアが開け放たれ、既に聞き飽きていた声が俺を呼んだ。
「あんた、毎日遊び歩いてるけど… 勉強はちゃんとしてるの?」
「…っせーな、ちゃんとやってるよ」
40代も後半に差し掛かった歳になったおかん。同年代の人から比べると若干若く見えるが… ほとんど変わらない。
口うるさくて、やたらと干渉してくるというところはどこの家も同じだろう。
正直、うざったい。
これも辺りでよく聞くセリフだった。俺も例外じゃない。いつの頃か、おかんがうざったく感じるようになっていた。
親父が海外に飛びまわっていることもあるのか、おかんと顔を合わせる時間はかなり多い。最近までいた妹は全寮制の
学校に入って、月に2〜3日帰ってくる程度だ。家には俺とおかんの二人っきり。これじゃあうざったくなるのも当たり前だ。
「…そう。でも、ちゃんと勉強して大学に上がらないと、今は大変なんだから」
「分かった、分かった。もう何度も聞いてる」
軽くあしらいながら階段を上がっていく。おかんも、それ以上は無駄だと感じたのか、台所に戻っていった。

部屋に入ると鞄をベッドに投げ捨て、制服を脱いで椅子にかけた。そこらに合ったシャツとジーンズに着替え、ベッドに寝転がる。
鞄が邪魔だったので床に落とした。金属の部分がフローリングに当たり、少し大きな音を立てたと同時…
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「っ!?」
熱湯でもかぶったのか、それとも不審者か… どちらにしても尋常ではない事態のようだ。ベッドから飛び降り、階段を滑る
ように降っていった。そして、台所に通じるドアを開けた。急がなきゃいけない、体のどこかからそんな声が聞こえてくる。
「おいっ! 大丈夫か!?」
「ふぇっ、隆之ぃ?」
一瞬、おかんのように聞こえた声は記憶の中の声と大きく違っていた。こう言っちゃ失礼だが、おかんの声はもう少し老けているはずだ。
だが、台所から聞こえてきた声は、実年齢にそぐわないほど幼いものだった。下手すると俺より年下の女の子の声だ。シンクのあるほうに
向かうと、僅かにおかんの体が見えてきた。足から体、そして… 全身。床に座り込んでいるおかんを見た俺は言葉をなくした。おまけに、
あまりに衝撃が強すぎて、一瞬気絶しかけた。

「隆之ぃ… お母さん、お母さん小さくなっちゃったぁ…」

舌足らずな声で、嗚咽を漏らしながら俺を見上げる姿は子供そのものだった。縮んだ体にはもともと着ていた服は大きすぎ、トレーナーや
エプロンやスカート。おまけに下着なども落ち、ブラの紐がトレーナーの端からはみ出していたり… など、とても他人には見せられない
姿になっていた。こんな事があるのだろうか? 普通に考えてあるわけない。だが、目の前にいる少女は僅かだが、おかんの面影を感じる。
それに、今着ている(?) 服はさっき見たことがある服と全く一緒だ。
「…おかん、だよな?」
「…うん、そうだよ?」
信じられない。だが、この事態を受け入れないと次に進めない。これからどうするか、そもそも何が原因なのか? この先近所付き合いとか
どうするのだろうか? 頭の中は以外に冷静になっているようで、考えがまとまらず焦るばかりだった。

戻る