「ただいま…」
声をかけても返事がない。寝ているか、声の届かないところにいるのか…? その時、台所からおかんの声が聞こえてきた。
「ととっ… はぁっ、やっぱり体が小さいと不便ねぇ…」
「おかん、何やってんの?」
「あ、お帰りなさい」
おかんはりんごの木箱に乗って、夕飯の支度をしていた。中学生の頃は平均よりだいぶ小さかったというだけあり、踏み台が無いと
体がシンクに届かないのだ。エプロン(子供用)をした姿は一応、主婦らしく見えるのかもしれないけど… はっきり言って、見ていて
危なっかしい。包丁も今のおかんには大き過ぎのように思える。
「包丁、貸してくれ」
「え、手伝ってくれるの?」
「…危なくて見てられないんだよ」
料理なんて家庭科の時間でしかした事ないが、そんなに難しいもんじゃないだろう。味付けとかはおかんに任せればいいんだし。
「えーと、それじゃあ… 人参を適当な大きさに切り分けてくれる?」
「分かった」
皮は剥かれていたので、そのまま縦に包丁を入れる。それからもう一度縦に切り、四等分になったものを適当な大きさに切り分けていく。
なんだ、意外に簡単じゃないか。これなら一人暮らし始めても平気かもな…
ザク
「ぐあっ!?」
「やっぱり切っちゃった!?」
予想済みだったらしく、迅速に対応するおかん。傷口を見るなり、それを躊躇わず口に含んだ。

「えっ…」
おかんの小さな舌が傷口に触れる。僅かにしみたが、それよりもおかんに目が釘付けだった。目の前にいるのは俺の母親だ。
母親なんだ、それ以外の何者でも無いだろっ!? しっかりしろ、俺!
「やっぱり、変な味するね…」
こういうとき、自分の若さが嫌になる。ちょっとした事で興奮してしまい、そして…
「はい、おしまい」
気が付くと、傷口には絆創膏が巻かれ、おかんが笑顔で俺を見ていた。
「手伝ってくれるのは嬉しいけど… 怪我はしてほしくないのよ?」
今の幼い顔に似合わない、本来の歳相応の言葉はちゃんと母親の言葉だった。
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